みんなで囲む「食卓づくり」を

Diary

最終地点

2019.09.19

教室を始めたのは
ただ単に作り方やレシピなどの知識だけを
教えたかったからではない。

人に喜んでもらう事から得るやりがい、
人から自分の料理を必要とされる事の喜び、
与えることで満たされる心、
これらを経験する事から
料理のもっと深い部分の楽しさを知ってもらう事。

そしてその先にいる人たちにも
同じように楽しさを伝えて行ってもらう事。

心を動かし 動かされ、
人を思いやり 大切にされ、
そんなサイクルが自然と生まれれば良い。

料理にはそんな力があるという事、
を伝えたいのだ。



自分とは

2019.09.09

自分の技量に合わない料理を作っても
うまく作れるはずもなく、
自分や家族が好きではない料理を
作ってみても満足する訳でもない。

自分にふさわしくない料理を作り続けるほど
料理が嫌になるのは当たり前。
だからこそ、
自分の好みや自分の技量を知る必要がある。

自分とは を知ってると
料理に対する苦痛が少し和らぐと思う。


判断基準

2019.08.31

高いから 有名だから

誰かが良いと言っていたから
美味しいのではなく、
自分の好みと合うから美味しいのである。

同じように、
高いから 有名だから
誰かが良いと言っていたから
いい調理道具なのではなく、
自分にとって使いやすく、買いやすい価格であり、
ストレスなく料理が出来るから
いい調理道具なのである。






自分の天ぷら

2019.08.30

久しぶりにてんぷら粉を買った。

なのでパッケージの記載通りに天ぷら。
茄子 シシャモ 海苔。

やっぱり市販のてんぷら粉は上手にあがる。
それでも、やはり自分好みにあげる。
菜箸の先に衣のからっと感を感じるまで
しっかりとあげる。
厳密にいえばそのからっと感も段階があり、
もっともっとからっと を目指してあげる。
とにかく自分好みを基準。

家で食べる天ぷらは
お店で食べる天ぷらのようでなくても良い。
そもそも、天ぷら一筋で修行してきた
料理人より上手にあげられる訳がないのだ。
そう言い聞かせ、自分なりの天ぷらを目指す。
家庭料理はそれでいいのだ。






自己責任

2019.08.21

家庭料理は自己責任。
美味しく出来あがれば自分の手柄。
美味しくできなければ、自分のミス。

たいてい食べるのは自分の家族や近しい知人。
どちらにしても
喜びも悔しさもさほど大きくも小さくもない。
それはいい意味で日常というもの。

ミスをしたとしてもお腹が空けば
何回でも挽回のチャンスも訪れる。

手柄もミスもすべて自分のもの。
だからもっと気軽に料理をすればよい。




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